痕跡 戦後美術における身体と思考

Category : 芸術


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痕跡 戦後美術における身体と思考
尾崎信一郎 編
京都国立近代美術館
図録
2004年
351ページ

表紙に傷あり。小口にすこしヨゴレあり。状態良好です。


「表象」ではなく「痕跡」という視点から1950〜70年代の芸術作品を捉えなおそうという展覧会。
 今回の展示では、アクション・ペインティングやアンフォルメル、ウィーン・アクショニズム、具体といった50年代の動向が前面に押しだされている。そのなかでも、ウィーン・アクショニズムはその過激さ(むしろエグさ)の点において、卓抜している。スキャンダラスな行為によって執拗に塗り込められたその表面は、どこか猟奇じみていて、おぞましい。
 とはいえ、もともと「痕跡」や「インデックス記号」という概念は曖昧なものだ。「痕跡」概念とは関係概念のひとつであり、つねに「なにものかの」痕跡しか存在しえない。「表象」がつねに「なにものかの」表象でしかありえないのと同じように、である。その意味で、「表象」と「痕跡」とを対比的に捉えることができるのかについては疑問が残る。
 「痕跡」として提示された作品群の内部に、「行為性=身体性=主体性」と「物質性=素材性=客体性」との分裂があることがすぐに見て取れる。そこに、たとえば「観念性」への志向、「もの性」への志向が重なる。今回展示されている作品の数々が、いったいどこまで痕跡「として」受容されるのについては、もう少し慎重にならなければならない。あの画面から、痕跡として残された身体の運動を感じるのだろうか、それとも剥き出しの物質性、そのテクステュアを感覚するのだろうか、それとも連想によってさまざまな観念が重なってくるのだろうか。
 展示は、「表面」「行為」「身体」「物質」「破壊」「転写」「時間」「思考」のセクションに区切られている。これだけでも、「痕跡」の概念にもとに包摂されたものの多様性が知れる。いったいどこまでを「痕跡」と呼びうるのだろう。この重要な問いは、「痕跡」という概念の解体を示唆しているように思う。


目次
テキスト
痕跡 過酷なる現実としての美術 尾崎新一郎
イメージ 航跡 ジョルジュ・ディディ=ユベルマン
指標と似せもの(インデクスとカウンターフィット) リチャード・シフ
超過とプロセス ウィーン・アクショニズム フーベルト・クロッカー
図版
作品リスト
作家解説
関係年表
写真クレジット
表面 SURFACE
行為 ACTION
身体 BODY
物質 MATERIAL
破壊 DESTRUCTION
転写 TRANSFER
時間 TIME
思考 IDEA

販売価格

2,500円(内税)

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