ミクロコスミ クラウディオ・マグリス 二宮大輔 訳 ☆新本

Category : 文学 , 日本語訳と外国語の文学・文学論


☆この本は新本です☆

ミクロコスミ 
クラウディオ・マグリス 
二宮大輔 訳
共和国
2022年

作者の生地トリエステを舞台に、カフェから山岳地帯、小島、教会にいたるまで、アドリア海に面したこの境界の地の歴史と空間を縦横無尽に描き出し、微に入り細を穿ちながら、そこに小宇宙(ミクロコスミ)を浮上させる稀有のロマン。近年もカフカ賞を受賞し、ノーベル文学賞候補となるなど、現代イタリア文学の巨匠として君臨する小説家/研究者、クラウディオ・マグリスの代表作。
本作は1997年のストレーガ賞受賞作であり、著者の邦訳としては初めてイタリア語原語から翻訳された。

【目次】
カフェ・サンマルコ

ヴァルチェッリーナ



ネヴォーゾ山



アッシルティディ

アントホルツ

市民公園

丸天井
 
--- 
訳者あとがき
人名索引



前書きなど
「ブエノスアイレス生まれのプレンツは、もともとはクロアチア領イストリアの血筋だった。イタリア語で教師を、スペイン語で作家活動を続け、大西洋を行きつ戻りつさまざまな国をさまよいながら生活していた。トリエステにとどまったのは、この町が船首と船艇の墓場と呼ばれるエンセナーダ・デ・バラガンを彷彿とさせたからだろう。ブエノスアイレスとラプラタにはさまれたその港町は、いまや彼の詩を収めた薄い冊子にのみ存在している。彼はカフェ・サンマルコに赴くと、水と風に侵食されたいくつもの船首像の視線を、いまだ頭上に感じるのだった。誰にも気づかれないまま世界の終わりが近づいてくることに、像たちは呆然とした表情を浮かべている。訳された詩集のページをめくってみると、ブエノスアイレス大学で彼の助手だった女性ディアナ・テルッジに捧げられた詩が見つかった。軍事独裁政権時代のある日、その若い女性は忽然と消えてしまった。詩が語るのは、喪失、もう存在しない誰か、またはもう存在しない何かだ。些細なことにすぎない。一つの詩など、空いた場所に貼られた葉書でしかない。詩人はそれを知っているからこそ、詩というものにそれほど信用を置いていない。しかし詩をもてはやしたり、無視したりする世界には、なおのこと信用を置いていない。プレンツはポケットからパイプを取り出し、別テーブルについている二人の娘たちに微笑みかけた。テーブルを回っているセネガル人のがらくた売りとおしゃべりをして、ライターを買ってやる。人と話すのは何かを書くよりも心が弾む。セネガル人が行ってしまうと、プレンツはパイプで一服して執筆をはじめる。
 薄笑いを浮かべる仮面たちの下、紙面に文字を埋めていくのもそんなに悪いものではない。まわりにいる人間は、ものを書いている人のことなど気にもとめていない。その無関心さが心地よい。書くという行為には全能の力が潜んでおり、生死について知ったかぶろうとしたり、いくつかの紙切れで世界を体系づけようとしたりという思い上がりを正してくれる。ペンは、敬虔さと皮肉で薄まったインクに否応なく浸される。カフェは書くための場所だ。紙とペンと二、三冊の本を持って、波に打たれる漂流者のように一人きりでテーブルにしがみつこう。すべてを呑み込む深海と水夫との間には、わずか数センチの木片だけしかない。少しかき混ぜれば、黒い大海は凄まじい勢いで荒れ狂い、漂流者を引きずり込んでしまうだろう。ペンは、傷つけるとともに、その傷を癒す槍だ。木片に突き刺し、波打つ水面に浮かべる。木片を継ぎはぎして、再び航海を可能にするのだ。
 怖がることなく木片にしがみつこう。難破は救いでもあるのだから。古い物語が言っていたのと同じだろうか? 恐怖が扉を叩き、信心がそれを開けに行くと、外には誰もいない。そもそも誰が扉を開けることを教えた? 長いあいだ扉を閉めるしかしていなかったのに。ピクリと顔がひきつる。束の間の息を呑むと、不安に駆られてまた閂をかけてしまう。窓も締め切っているから息がつまる。偏頭痛がこめかみをガンガン打ち付けてくるというのに、空気が足りていないことに気づきもせず、徐々に頭痛の音以外には何も耳に入らなくなる。
 書き散らしては悪魔を具現化し、そいつらを飼い慣らそうとする。たまに、罪なき慢心が沸き起こり、下手くそながら悪魔のふりをしてみる。サンマルコにおいては、古式ゆかしい絵画の構図が逆さになっている。つまり、悪魔が上方に追いやられているのだ。花模様の装飾とウィーン分離派の様式は、悪魔の下で時を過ごすのも乙なものだと思わせてくれる。待合室のようなその空間では、外に出るのを先送りにして、もう少しゆっくりしていこうかという気分になる。店長のジーノさんやウェイターたちは――みんなにというわけではないが、ときおり、プロセッコやサーモンのカナッペなんかを気前良くふるまいながら――次から次へとグラスをテーブルに運んでいる。そんな彼らの階級は小天使にすぎないが、頼もしい存在だ。彼らは、地上の楽園から追放された二人でさえ、この秘密のエデンでならくつろげるようにと心がけ、蛇が嘘の約束で二人を誘い出さないように目を見張っている」
――「カフェ・サンマルコ」より

版元から一言
何度もノーベル文学賞候補のリストにあがるほどの圧倒的な作品で国際的に知られるイタリアの現代作家クラウディオ・マグリスもまた、日本では過小評価されてきました。そのうえ既訳の2点はいずれもドイツ語訳が主な底本となっており、本書がはじめてイタリア語からの邦訳となります。
本作は、そんなマグリスの代表作で、1997年にはイタリアで最高の文学賞とされるストレーガ賞を受賞しました。作家の生地トリエステを舞台に、歴史と現在、ひらめきと記憶、固着と変容、運命と情熱、そして生と死であらわされるような有名無名の人間の営みを、まさに小宇宙(Microcosmi)として叙述したのがこの『ミクロコスミ』です。ぜひ本作によって、マグリス文学の魅力を全身で吸い込んでいただければ幸いです。

著者プロフィール
クラウディオ・マグリス (クラウディオ・マグリス) (著)
1939年、イタリア・トリエステに生まれる。現代イタリアを代表する作家、批評家、翻訳家、研究者。1994年から96年まで、イタリア共和国元老院議長。トリノ大学卒業後、ミラノ大学、トリエステ大学で教鞭を執る。その膨大な知識と博学を駆使して数多くの著作を発表しており、オーストリア国家賞(2005)、スペイン芸術文学勲章(2009)、フランツ・カフカ賞(2016)など受賞・受勲多数。
邦訳に、『オーストリア文学とハプスブルク神話』(鈴木隆雄他訳、書肆風の薔薇、1990)、『ドナウ――ある川の伝記』(池内紀訳、NTT出版、2012)がある。
本書『ミクロコスミ』は、イタリア文学最高の賞とされるストレーガ賞(1997年度)受賞作である。

二宮 大輔 (ニノミヤ ダイスケ) (訳)
1981年、愛媛県に生まれる。関西学院大学卒業後、イタリアに留学。2012年、ローマ第三大学文学部卒業、現在は、通訳・翻訳業。
翻訳に、ガブリエッラ・ポーリ+カルカーニョ『プリーモ・レーヴィ』(水声社、2018)、エドヴァルド・デ・フィリッポ『フィルメーラ・マルトゥラーノ』 (文化庁新進芸術家海外研修成果公演、2016)などがある。

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