原子力都市 矢部史郎

Category : 原発・原爆・放射能


原子力都市
矢部史郎 
以文社 
2010年初版1刷


ページまわりにヨゴレあり。
状態良好です。書き込み見当たりません。

そして一九九三年。文部省の教科書検定は、高校の歴史教科書での従軍慰安婦に関する記述を許可する。かつて少年時代にサブカルチャーの洗礼を受けたおやじどもが、この事態に反応していく。一国的で内向的な主観主義が、「自由主義史観研究会」なるものを結成し、歴史修正主義運動を開始する。その主張を要約すれば、「従軍慰安婦はなかった」という主張である。「従軍慰安婦はなかった」ということは、つまり、それを証言した女性たちは嘘をついている、という主張である。ここで、物置の奥にしまわれていた「戦艦大和伝説」が、もういちど蘇る。元海軍少尉吉田満の法螺話があたかも史実のように採り上げられる背景には、従軍慰安婦問題の否定、韓国人の老婆は嘘つきで信用できないという主張が含まれているのである。

ここで問われるのは、軍人を信じるのか、それとも外国人の女を信じるのか、だ。
主観性の領域で、自分自身の視軸をどのようにもち、自分自身の主観をどのように御していくのか、なのだ。私は、見ず知らずの外国人の女を信じようと思う。ただ饒舌で威張りくさった軍人の内弁慶野郎に相づちを打つくらいならば、海の向こうの見ず知らずの女に翻弄されるほうがよい。海を臨むということは、そういうことなのだ。(本書より引用)


異彩を放つ在野の思想家・矢部史郎が日本各地を自らの足で訪ね歩き、その土地土地でインスピレーションを受けながら、自身の積年のテーマであった「原子力と都市」について思いをめぐらせ書き上げた渾身の異色作。

本書に収められたエッセーは、2006年から2年間のあいだ、いくつかの土地を歩き書いたものだ。
どんなところであれ、人が生きる土地には人の手が加えられていて、都市化されてきた歴史がある。都市の歴史はいくつかの時代が地層をなして折り重なっているものだろう。そして、歴史とは現在を基点にして遡っていくことでしか見えないものなのだとすれば、問題となるのは、現在という時代をどう規定しどのようなものとして捉えていくか、である。
「原子力都市」は、ひとつの仮説である。
「原子力都市」は、「鉄の時代」の次にあらわれる「原子の時代」の都市である。
原子力都市の新たな環境のなかで、人間の力はいまはまだ小さな犯罪や破壊行為に封じ込められている。だが、こうした小さなうごめきもいつかは、政治と文化をめぐる一般理論を生み出し、確かな意思を持つことになるだろう。この無数のうごめきがはらんでいる創造性を解き放つために、いま考えなければならない。

販売価格

1,000円(内税)

購入数

この商品について問い合わせる
この商品を友達に教える
買い物を続ける

自己紹介

SNSはこちら

カライモブックス

ブログ

フェイスブック

ツイッター(新入荷情報)

ツイッター(カライモJカライモNの日常のつぶやき)

買い物カゴ

買い物カゴを見る

検索

カテゴリー

Feeds

RSS - ATOM